迦
MMXXVI
ラテン
漢字
チベット
二股
作られた一字
最初の位置
開いた手
作られた文字
列の先頭
KA から始める
ひとつの音 · 三つの文字
三つの ka · 三十字と四つの記号 · 一本の頭線 · 六つの文字 · 二十六字はどこから · 書字はどちらへ走るか · パスパ文字
短く言えば
ある文字が最初に置く字は、細部ではない。その文字が「書くとは何か」をどう考えているかの表明だ。チベット文字は ka を最初に置く。アルファベットが最初の二字で名づけられているからだ。漢字がその音のために一字を作ったのは、仏教とともにその音が入ってきたからだ。ラテン文字は手から K を受け継いだ。同じ音節が三つの別のものに見えるのはなぜか、と思ったことがあるなら、この頁を読んでほしい。
01 · はじめに
ひとつの音、 三つの書き方
チベット文字は ka と書く。英語は k と書く。漢字にはその音の字がなく、一つ作った。同じひとつの音に三組の記号、そして三つのまったく違う理由。 この頁は冊子への入口だ。
ラテン · 二股
K
K は手だった。フェニキア人はこの字をカフ、すなわち「掌」と呼び、手の輪郭を描いた。ギリシア人はそれを四分の一回転させ、Κ になった。ラテン語はほとんど使わなかった。C が同じ働きをしたからだ。それで K は何世紀も遊んでいた。
漢字 · 作られた一字
迦
漢字に ka の字はなかった。仏典を訳しはじめたとき、そのために一字が作られた。辶(歩く)を形に、加を音にとった。『説文解字』にはない。今は jiā と読む。音写の字は言語とともにずれ、千年はそれを遠くへ運ぶ。
チベット · 最初の位置
ka
三十字、その最初が ka。偶然ではない。文字は音が口のどこで作られるかで並べられ、喉が最初に来るので ka が先頭になる。チベット語が文字全体を「ka kha」と呼ぶのはそのためだ。
三つの解、それぞれ一文で。 ラテンは手から一字を引き出した。漢字は音のために一字を作った。チベットは何も特別なことをしていない。ka がたまたま最初なだけだ。 ひとつの問題、三本の道、どれも間違いではない。 その鋳造はうまくいった。 仏典の音写はそれを何度も使う。カッサパ、ガルダ、カピラヴァストゥ、カランダカ。それほど使われる字は新しい仕事を覚える。
なぜ ka が先頭か
チベット文字が音の作られる場所で並んでいるからだ。喉が最初に来て、喉の組の最初が ka。次に kha、ga、nga。それから順は外へ移る。口蓋、反舌、歯、唇。 だからここでいう「最初」は「もっとも重要」ではなく「もっとも深い」 — いちばん奥から来るものが、いちばん前に書かれる。
「アルファベット」という語自体が最初の二字だ
アルファベットとはギリシア語の最初の二字の名、alpha と beta。チベット語は自分の文字を「ka kha」と呼ぶ。これも最初の二字だ。そしてその句は一族の語を生んだ。初学者は ka kha pa 、入門書は ka kha'i dpe 、字母順は ka kha'i rim pa 。 ある言語が「読みを習う」という行為を何と呼ぶかは、その言語が自分の文字について最初に考えることだ。 漢字にはアルファベットがないので、そういう名もない。代わりに部首がある。二百十四、画数順だ。
「最初」には二種類あり、この冊子は前者をとる。 チベット文字の最初は 順序の 最初だ。音の作られる場所によって、喉から外へ。もう一つの「最初」は 意味の 最初だ。a は三十番目にありながら、すべての子音がすでに帯びている音であり、タントラの伝統はそれを「生まれざる字 a」と呼ぶ。 順序の最初はすべての学ぶ者が通らねばならぬもの。意味の最初は、もっと奥からのみ聞こえる。
02 · 三つの文字
三つの文字、 ひとつの石
扉の楣にチベット文字、石碑に漢字、看板にラテン字。三種の文字がひとつの石に群がり、ひとつの家族の三代に見える。どれも他の祖先ではない。どれも「音をその場に留める」ということを一度だけ解いたのだ。
門で見えるもの
チベット文字。 横に、左から右へ。字の頭を一本の平らな線が走り、点が音節と音節を分ける。祈祷書、楣、マニ石。
漢字。 四角い字、一マスに一字。横画、縦画、払い、跳ねで組まれる。石碑、額、古い地誌。
ラテン字。 二十六、語のあいだに空白がある。道路標識、地図、旅券。
三つの梱包の仕方
漢字は印章だ。 一字を一マスに押し込む。マスは三千年変わっていない。中身だけが変わった。だから漢字はタイルのように、四角と四角を突き合わせて並ぶ。
ラテンは煉瓦だ。 煉瓦を端から端へ、好きなだけ長く並べ、あいだに空隙を残す。その空隙が一語の終わりだ。
チベットは積みだ。 音節は頭線から吊られた山で、誰が誰の上に座るかの規則がある。積みは二段か三段になることが多い。
三つの起源。 漢字はそれ自身から。甲骨から下る一本の線で、体系を変えたことがない。チベット文字は七世紀に作られ、字はインドの文字を手本にした。ラテンは東地中海から、フェニキア、ギリシア、ローマの手を経てきた。 ひとつの板に並ぶのは近代の事実で、血のつながりではない。
1
書字と話しことばを分ける。 書字は話しことばを留める記号の組だ。ひとつの言語が別の文字を使うこともあるし、ひとつの文字が別の言語を留めることもある。日本語、古い朝鮮語、古いベトナム語はどれも漢字を使った。
2
共通の起源と似ていることを分ける。 チベット文字とパスパ文字は縁がある。漢字と日本語のかなはない。似ていることは何も証明しない。
3
どう書くかとどう読むかを分ける。 この冊子が扱うのは前者だけだ。発音は別の学科で、方言の差は大きい。
なぜこの冊子は発音を教えないか
チベット語には三つの大きな方言群がある。ウー・ツァン、カム、アムド。同じ字がどれでも同じに発音されるわけではない。ローマ字表記の方式も違う。学者が使う方式は、道路標識の方式ではない。 ここに印刷された発音は、どこかで必ず間違いになる。 言えるようになるには、誰かが目の前で言うしかない。
ひとつの板に三つの文字は、近代の配置だ。 それ以前、それぞれはそれぞれの場所で育った。
「チベット文字は表音文字だ」は半分しか当たらない。 音を記録してはいる。だが音節は二つか三つの字を積んで作られることが多く、加わった字が読みを変える。漢字も「絵文字」ではない。常用字の八割以上は形声文字で、形だけでは読みは分からない。
03 · I · チベット文字
三十字、 四つの記号
チベット文字は近寄りがたく見えて、構造はとても単純だ。子音三十、母音記号四。大文字も小文字もなく、並ぶ第二の字母もない。順序には理屈がある。音が口のどこで作られるかを追っている。
子音
30
作られる場所で組になる。喉、口蓋、反舌、歯、唇、そのあとに破擦音、摩擦音、半母音。 名前でなく工程順に並んだ作業場の列 — だから三十の孤立した形ではなく、連なりで覚える。
母音記号
4
i、u、e、o。字の上下に添える記号として書き、それ自体が場所を持つことはない。 帽子と靴: i、e、o は頭に、u は足につく。
既定の母音
a
記号がまったくなければ、その字は a と読む。 工場出荷の設定だ — 放っておけば a、変えるなら何かをしなければならない。 だからチベット語では「記号なし」もひとつの記号だ。
組 字 作られる場所
喉 ཀ ka ཁ kha ག ga ང nga喉
口蓋 ཅ ca ཆ cha ཇ ja ཉ nya口蓋
反舌 ཊ ṭa ཋ ṭha ཌ ḍa ཎ ṇa舌を後ろへ(下に点)
歯 ཏ ta ཐ tha ད da ན na歯
唇 པ pa ཕ pha བ ba མ ma唇
残り ཙ tsa ཚ tsha ཛ dza ཝ wa ཞ zha ཟ za འ 'a ཡ ya ར ra ལ la ཤ sha ས sa ཧ ha ཨ a破擦音、摩擦音、半母音
最初の字は「いちばん奥」
三十字は喉から唇へ並び、最初は ka。これは「もっとも重要」ではなく「いちばん奥」という意味だ。口のいちばん深いところから外へ数え、先に来るものを先に書く。そして仏教で本当に すべての字の母 と呼ばれるのは、最後に立つ a だ。タントラはそれを 「生まれざる字 a」 (梵語 ākāra-anutpāda)と呼ぶ。すべてのものは生まれず、a はその記号だ。法身の種子字であり、Om はそれで始まる。 順序は最初の席を ka に与え、意味は a に与える。二つの最初、二つの理由。 「生まれざる」は ākāra-anutpāda の訳で、タントラの言い方だ。チベット語には「小さい a」(ローマ字で 'a)もあり、主に接頭字として使われ、字母のこの「大きい a」とは別だ。
ABC の感覚で「十番目の字」を探してはいけない。 順序は調音点によって喉から唇へ進むので、その答えは言語の中に根拠を持たない。表のローマ字表記(ワイリー式)は読者が追えるように置いてあるだけで — 字を写すのであって、音を写すのではない 。同じ字がラサとアムドで違って聞こえ、ローマ字表記は同じなのだ。
04 · I · チベット文字
すべての字が 一本の線から下がる
ラテンの字は地面に立ち、足がそろう。 行進する人の列のように 。チベットの字は一本の線から下がり、肩がそろう。 縄に干した洗濯物のように 。一つは上へ伸び、一つは下へ垂れる。その違いだけが二つの文字の形を決めた。
頭線
字はこの線から下がる
加わる字は積なり、
三段か四段
基線
字はこの線に立ち、上へ伸びる
頭あり、頭なし
dbu དབུ は「頭」の意。 dbu can དབུ་ཅན — 頭あり — は字の上がそろい、画はまっすぐ。彫られ、刷られるのはこれだ。 dbu med དབུ་མེད — 頭なし — は上が不揃いで画がつながる。走り書きの手だ。
違いは字ではなく、書く速さにある。 同じ人が背広を着たのと普段着なのとの違いだ — 一つは版木に彫られ、一つは手帳に走り書きされる。ずっと大きく分かれるのはチベットの二体だけで、来たばかりの人はそれを二つの文字と取り違える。
一字でなく、一音節
音節は 基字 に 加字 を加えたもの。接頭字、上付字、下付字、後置字、第二後置字。読まないものもあり、基字の音を変えるものもある。すべてが一つの塊に、三段四段に積まれる — 一音節の字を数えることは、三つか四つまで数えることになることが多い。
点(ツェク)が音節を分け、縦棒(シェー)が文を閉じる。語は空白ではなく点で分かれる。
基字
音節の芯で、だいたいどんな音になるか。どの音節にも一つある。
上付字/下付字
基字の上下。音を変える。よくある下付字は ya、ra、la で、その効果がいちばん強い。
接頭字
基字の前。ふつう単独では読まないが、無声音の基字を有声音にする。
後置字/第二後置字
基字の後ろで音を閉じる。第二後置字はわずかな組み合わせにしか現れない。
ツェク · シェー
点が音節を分ける。棒が文を閉じ、二本で段落か詩を閉じる。
なぜ一字ずつ読めないのか
綴りと音のあいだに二つの層がある。加字の規則と、方言だ。b-sgrub を取ろう。五字で、話すときは一音節。 一字ずつ読むのは、ピンインを英語のように読むようなものだ。 そして縄は飾りではない。行の上端を決め、下には垂れるものの場所を空けねばならない。チベット語が漢字より行間を要し、版本の本がこれほど均一に罫線を引いたように見えるのはそのためだ。
05 · II · 漢字
漢字は組む、 描かない
「六書」は六種の画ではなく、字を作り使う六つの方法だ — 大工の六つの道具のようなもので、六種のおがくずではない。 許慎が二世紀に順に挙げ、最初は絵文字ではなく指事だ。
指事
絵の上に置く印 、地図に画鋲を刺して「ここ」と言うように。上と下は線の上下に印を置いたもの。本は木の根元に一画を加え、根を指す。
象形
写真。 分かるまで描いたもの。日月山水。数は少ないが、体系はここから始まった。
形声
半分は棚の札、半分は発音の鍵。 水の部首は「濡れるもの全部」の通路に掛かる看板で、右の「青」が読みを教える。常用字の八割以上がこの類だ。
会意
二つを並べて三つ目を作る。 人 人 が木 木 の横に来ると休 — 休む。
転注
定義を共有する字の一族。 同じ部首で意味の近い字どうしが互いを説明する。
仮借
隣の名を借りる。 字がなかったので、同じ音の字を借りた。来はもと麦の意。借りられて「来る」となり、もとの意味は落ちた。 最初の頁の字は別の道を行った — 借りたのではなく、新しい音を受けるために作られた。
なぜ八割が形声か
いちばん手間がかからないからだ。純粋な象形は抽象を描けず、純粋な会意は組むのに時間がかかる。 新しいものに札を二枚貼るようなものだ。一枚はどんな種類のものか、一枚はどう言うか — それで一字を作り、読者に推測の余地を残せる。「これで足りる」道であり、二千年歩かれてきた。
字はいくつあるか。 『説文解字』は 9,353、『康熙字典』は 47,035。『通用規範漢字表』(2013)は 8,105、うち第一水準 3,500 が日常の読みの大半を覆う。出典:『説文解字』の後序および各字書の冒頭、2013 年の表の注記。
六書は 漢代の分類 であり、出土物の年表ではない。誰かが会議を開き六つの規則を決めてから字を作りはじめたのではない。分類は後から振り返った整理で、すでにあったものを並べたものだ。 字が先、それを語る書物があと。
「漢字は絵文字だ」には割引がいる。 象形は始まりにすぎず、数も少ない。今日書かれるどんな文でも、圧倒的多数の字は形声だ。形は方向を示すが音は示さず、正確な意味もしばしば示さない。
06 · II · 漢字
三千年で一度、 骨格が動いた
漢字は装いを何度も変えたが、骨格が動いたのは一度だけ。隷変だ。 曲がる巻尺を折り畳み尺に替えるようなもの — 丸い線が角張った折れに押し込まれた。今日書くすべての横画と縦画はその転回から来ている。
甲骨
亀甲と牛骨に刀で刻む。細い直線、直角が多い。同じ字がしばしば幾つもの形で現れる。
金文
青銅器に鋳込む。刻むより鋳るほうが自由なので、画は太く丸く、形はより整う。
小篆
秦の統一後に整えられた標準。丸く均一な線、対称の構造、最初の字形の標準。
隷書
小篆から育った速い手。丸い転回が角張った折れになり、画は「蚕頭燕尾」を得た。 これが隷変で、字形における最大の転回だ。
楷書
隷書をもう一度整えたもの。横画は平らに、縦画はまっすぐ。隷書より速く、草書より明快。二千年使われている。
簡体字
二十世紀に標準化された形。大半は発明ではない。古い形、俗な形、草書の形に公の地位を与えたのだ。
繁体と簡体は二つの文字ではない
簡体字の大半は古い。甲骨に見える本来の字もあれば、宋・元の版刻者が使った俗字もあり、角張らせた草書の形もある。
最初の表は 1935 年に出て翌年停止された。1956 年の方案に続き、1964 年に 2,236 字の総表が出た。多くの対は一対一、少数は一対多、少数は縁もなく似ている — だから変換を機械に任せてはならない。
音をどう書き留めるか
同音による注。 同じ音の字を探し、それで音を注ぐ。簡単で、同音の字がなければ役に立たない。
反切。 二字で一首を綴る。前の字が声母、後の字が韻と声調を与える。千年以上使われた。
注音。 1918 年公布。声母と韻のための専用の記号一式。
ピンイン。 1958 年公布。声調記号つきのラテン字。今は国際標準だ。
ピンインは文字ではない
音の表記だ。 字の横に刷られた発音の鍵のようなもの — ピンインで書いた漢語は音読できるが、理解されるには読者の頭のなかで字に戻らねばならない。同音語が多いので、ピンインだけでは文にならない。 注音も同じだ。道具であって、文字ではない。
「簡体字は 1949 年以降にできた」は正確でない。 簡体字の大半は宋・元の刊本に見つかる。1950 年代がしたのは、すでに使われていた形を選び、標準にしたことだ。
07 · III · ラテン文字
二十六の字、 二十二から
ラテン文字はローマ人が発明したのでも、一度に設計されたのでもない — 家ごとに分け合ってきたのだ 。フェニキアが二十二、ギリシアとエトルリアがそれぞれ手を加え、ローマが受け取ったのは二十一。そこから二千年かけて四つが分かれ出た。
フェニキア
二十二の字、すべて子音。名のなかには今も形が残っている — aleph は雄牛、beth は家。 名は写真そのものだ。
ギリシア
決定的な一歩:ギリシア語に不要だったいくつかの子音が、母音に変えられた。 母音の字はここから始まる。
エトルリア
イタリア半島の仲介者。ローマ人はエトルリア人から字を学んだが、その時点で形はすでに変わっていた。
ラテン
最初は二十一。紀元前三世紀に G が C から分かれ、紀元前一世紀に Y と Z を借り、帝政期には二十三になっていた。
分裂
中世からルネサンスにかけて、I から J が、V から U と W(V 二つ)が生まれた。数が二十六になったのはそれからだ。
小文字
小文字は「小さな大文字」ではなく もう一揃いの服だ :中世の草書とカロリング小字体から育ち、八・九世紀に形をととのえ、印刷によって固定された。
字 独立した時期 由来
G 紀元前三世紀 二つの音を分けるため C から分裂
Y / Z 紀元前一世紀 借用語のためにギリシアから直接借りた
J 十六世紀 I が両方を兼ねていた。書き分けて J が独立した
U / W 中世からルネサンス V が両方を兼ねていた。U が分かれ、W は V 二つ
英語の綴りと発音が離れた理由
十五世紀に印刷が綴りを固定し、そのあと発音が動いた — 十五世紀から十七世紀の大母音推移だ。 綴りはその世紀に撮られた写真で、音のほうが後から姿を変えた — 同じ写真、別人。その隙間は今もある。
「二十六字が国際的な字母だ」は成り立たない。 多くの言語がラテン字を使い、数はそれぞれ違う。イタリア語は二十一、トルコ語は二十九、発音区別符号を足す言語も多い。 二十六は、ただ英語の数だ。 字母の姿は、その言語がいくつの音を区別しなければならないかで決まる。
08 · IV · 書字の向き、そしてもう一つの文字
文字が走る向きは 手の半ばを決める
ラテンは左から右へ、アラビアは右から左へ、漢字の縦書きは右から左へ、モンゴル文字の縦書きは左から右へ。 車が左を走るか右を走るかと同じだ — 正解はない。どの道で育ったかによる。素材に強いられた向きもあり、ただ古い習慣が残っているだけの向きもある。
左から 右へ
ラテン、ギリシア、キリル、チベット。手は右へ押し進み、白い紙はペンの前方にあり、書いた字は手の後ろに残る。
右から 左へ
アラビア、ヘブライ、ペルシア。向きはそれ以前のセム系の文字から来ており、変えられなかった。ギリシア人が字を借りて左から右へ回し、ラテンがギリシアに倣った。
縦書き 右の行から
伝統的な漢語と日本語。竹簡は細い一枚の板で、下へ書くしかない。簡は左へ次々に並べられた。
縦書き 左の行から
ウイグル式モンゴル文字とパスパ文字。字は下へ流れ、行は左から右へ — 漢字の縦書きを鏡に映した姿だ。
半分は素材、半分は習慣
竹簡は細いから、下へ書けば余白を無駄にしない。骨では左手で鑿を、右手で槌を持ち、右から左へ切れば手が邪魔にならない。筆と紙が来てから向きは自由になったのに、習慣の置いた場所に留まった。初期のギリシアは一行を左から右、次の行を右から左と、牛が畑を往復するように書いてから、一方向に落ち着いた。 向きは最も変えにくい習慣のひとつだ。道具は変わり、向きは残る。
パスパ文字。 フビライ・ハンが命じ、帝師パスパが作った。1269 年に公布され、「新モンゴル文字」と呼ばれた。形は四角く、字はチベット文字から取り、下へ書き、行は左から右へ流れる。狙いは一つの言語を書くことではなく「諸国の文字をすべて写す」こと — 帝国のあらゆる言語を一つの文字で表そうとした。残る資料:石碑、官印、パイザ(牌子)、至元宝鈔などの紙幣。
パスパ文字は現代モンゴル文字の祖先ではない。 元が滅ぶとともに使われなくなった。今日のモンゴル語はウイグル系の字を使い、下へ書く。両者は別の体系だ。よく混同される。
根づかなかった統一
理由は難しくない。上から押しつけられ、公文書と印にしか使われず、人々は自分の文字を書き続けた。字はチベット文字から来たので、漢語の人もモンゴル語の人も一から覚えねばならなかった。そして元が滅ぶと、それを推し進めた役所も消えた。 文字のエスペラントだ — どれほど理にかなった計画でも、誰も使わねばならないのでなければ、生き残らない。
09 · 結びに
三つの ka、 一つの表
チベット 漢字 ラテン
起源 インドの文字、七世紀 自生、甲骨から フェニキア–ギリシア–ローマ
ka の位置 一位、喉の組の先頭 その音のために作られた新しい字 十一位、開いた手から
記す単位 音節(子音+母音記号) 形態素/音節 音素
一単位 一音節、しばしば 2–4 字 一字、一つの升 一字
向き 横、左から右 横、左→右。縦は右の行から 横、左から右
際立つ点 頭線、頭の有無 六書、八割が形声 大文字と小文字
1
三つの文字、三つの起源。 漢字はそれ自身から、チベット文字はインドから、ラテンは東地中海から。同じ板に並ぶのは近代の偶然で、血縁ではない。
2
見た目ではなく構造を読む。 問いは三つで足りる。音を記すのか意味を記すのか。一単位がどれだけの音を運ぶのか。語はどう区切られるのか。その答えが出れば、どの文字も居場所が決まる。
3
確かめていないことは書かない。 チベット語の刻文が何と言っているか、楣がいつ彫られたか — そういう問いは、確かめるまで答えを出さない。形が教えるのは書体の様式であって、意味ではない。
発音と刻文を載せない理由
発音は方言で違い、ローマ字表記は方式で違い、何を刷ってもどこかで間違いになる。刻文は石と一字ずつ突き合わせて確かめねばならない。写真から読み取るのが、いちばん間違えやすい道だ。 だからこの小冊子は、字がどう並ぶか、どちらへ流れるか、なぜその姿なのかに留まる。 シリーズの他の冊子も同じ規則を守る。入場料は書かない、開館時間も書かない、車の所要時間も書かない。
一本の二股、一つの作られた字、一つの先頭。 三つの文字が、それぞれ数千年を自分の道で歩いて、同じ一つの音に行き着いた — 示し合わせたからではなく、どれも避けられなかったからだ。
公刊された資料から編んだ。蔵漢大辞典(Zang-Han Da Cidian)とチベット古文字学の著作、トンミ・サンボータについての伝承とチベット文字の由来をめぐる学問的議論、ākāra-anutpāda「a 字、もとより生まれず」をめぐるタントラ註釈、説文解字(Shuowen Jiezi)の後叙と六書の研究、通用規範漢字表の説明と簡化をめぐる文献、フェニキア–ギリシア–ラテン伝播の研究(aleph を「雄牛」と読む伝統的な理解を含む)、パスパ文字の石碑と 1269 年の「新モンゴル文字」公布についての研究。学界に二説あるところでは、本文に「伝承では」と記すか、両方を併記した。発音と刻文の本文は載せていない。
文字について。 この冊子にはチベット文字の字形を一つも再現していない。すべてローマ字表記だ。表紙の三つの四角は図であって、組版の未完成ではない。
出典について。 ラテンとギリシアの字の歴史は標準的な碑文学の記述に従い、漢字の材料は Shuowen と通常の仮借の文献に従った。チベット文字とその頭線、下付きの形は標準的なチベット文法書に従った。